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東京地方裁判所 平成9年(ワ)22323号 判決

原告 株式会社三和銀行

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 山崎馨

同 秋山清人

同 中野剛史

被告 日本バイリーン株式会社

右代表者代表取締役 B

右訴訟代理人弁護士 小山晴樹

同 渡辺実

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

【主位的請求】

一  被告は、原告に対し、金二億三二〇九万三二五三円及び内金一億八二三四万〇六一四円に対する平成一〇年一一月二六日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

【予備的請求】

一  被告は、原告に対し、金二五三〇万九一五九円及びこれに対する平成九年三月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、銀行業を営む原告が、訴外a社(以下「訴外会社」という。)との銀行取引を行っていたものの、右訴外会社が破産したことから、原告と訴外会社との銀行取引に際して、原告に対して「経営指導に関する念書」と題する書面を差し入れていた被告に対し、

主位的には、右念書は原告に対する保証予約であり、原告は被告に対して予約完結の意思表示を行ったとして、保証債務履行請求権に基づき(第一次主張)、あるいは右念書によって被告が原告に負担した訴外会社の債務不履行発生防止債務を履行しなかったために原告に損害が生じたとして、債務不履行による損害賠償請求権に基づき(第二次主張)、訴外会社に対する貸付金の未回収金相当額(金二億三二〇九万三二五三円)及び残元金一億八二三四万〇六一四円に対する最終支払日の翌日である平成一〇年一一月二六日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を、

予備的には、被告が、右念書の差入れ等により訴外会社の債務不履行を発生させないものと原告を誤信させて訴外会社に対する貸出金利を引き下げさせ、原告に当該金利引き下げ分の損害を被らせたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、金利引き下げ分の利息相当額(金二五三〇万九一五九円)及びこれに対する不法行為終了日(最後の利息受入日である平成九年三月二一日)の翌日である平成九年三月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等(証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。)

1  原告は、銀行業を営む株式会社であり、被告は、不織布の製造、加工及び販売等を営む株式会社であり、訴外会社(平成四年一一月二七日から平成八年一一月一日までの間の商号は「バイリーン東京サービス株式会社」であった。)は、不織布の加工・販売、不動産の管理等を目的とする株式会社であり、分離前被告C(以下「C」という。)は、昭和六二年六月二七日から平成四年一一月二七日まで、訴外会社の代表取締役であった者である。

2  原告は、昭和六二年八月二五日、訴外会社から銀行取引約定書の差し入れを受けて同社との間の銀行取引を開始し(Cは、右同日、右取引から生じる訴外会社の原告に対するすべての債務に訴外会社と連帯して保証する旨約している。)、平成四年六月一二日までの間に、訴外会社に対し、次のとおり、合計四件金五億円及び一〇九万九七九五・七四USドルを貸し渡した。(以下「本件各貸付金」という。甲一、弁論の全趣旨)

(一) 貸付日 平成元年一〇月三〇日

金額 金一億円

返済期日 平成二年一月三〇日

利息 年六・〇〇パーセント

遅延損害金 年一四パーセント

(二) 貸付日 平成三年一〇月一三日

金額 金一億円

返済期日 平成四年一〇月一三日

利息 年七・五〇パーセント(当初)

遅延損害金 年一四パーセント

(三) 貸付日 平成四年三月一三日

金額 金三億円

返済期日 平成四年九月一四日

利息 年七・一二五パーセント(当初)

遅延損害金 年一四パーセント

(四) 貸付日 平成四年四月二七日

金額 一〇九万九七九五・七四USドル

返済期日 平成四年六月二九日

利息 年四・九三七五パーセント(当初)

遅延損害金 年一四パーセント

3  被告は、原告に対し、平成四年六月一二日、訴外会社の原告に対する本件各貸付金債務に関して「経営指導に関する念書」と題する書面(甲三、以下「本件念書」という。)を差し入れた。

その後、原告の訴外会社に対する貸付金の金利は、当初は短期プライムレート+一・二五パーセントであったものが、平成四年七月一四日以降は短期プライムレート+〇・七五パーセントに、さらに平成四年一二月一五日以降は被告に対する貸付金利と同じ短期プライムレートと同率に、それぞれ引下げられた。(弁論の全趣旨)

4  訴外会社は、右2の(一)の債務は完済したが、(二)ないし(四)の借入金についてはその後約束手形の書替えが繰り返され、最終的には平成八年八月三一日振出の約束手形により、金額四億九二七四万七〇〇〇円(返済期日が平成九年一月一〇日、利息が年一・六二五パーセント、遅延損害金が年一四パーセント)の債務内容となったが、右期日に返済されないまま、平成九年五月二一日午前一〇時三〇分、東京地方裁判所において破産宣告を受けた(東京地方裁判所平成九年(フ)第一二〇一号)。(弁論の全趣旨)

5  原告は、平成九年六月九日付「通知書」をもって、被告に対し、本件念書に基づき保証予約を完結する旨の意思表示を行い、右通知書は、同月一〇日、被告に到達した。

6  原告は、平成九年六月一三日、訴外会社に対する右貸付金債権元金四億九二七四万七〇〇〇円のうち金三億〇二八一万五一七八円について原告の訴外会社に対する預金債務と相殺し、また、訴外会社の破産管財人D弁護士から、平成一〇年一〇月二九日に金七四四万九一八八円の最後配当金、同年一一月二五日に金一四万二〇二〇円の追加配当金の支払を受けたので、これを訴外会社の貸付金元本の弁済に充当した。

その結果、平成一一年一月二五日現在の訴外会社に対する貸付金債権額は、残元金は金一億八二三四万〇六一四円、確定遅延損害金は次のとおり合計金四九七五万二六三九円となった。

(一) 残元金一億八九九三万一八二二円に対する平成九年一月一一日から最後配当金の支払日である平成一〇年一〇月二九日までの一年と二九二日間の年一四パーセントの割合による遅延損害金四七八六万二八一九円

(二) 残元金一億八二四八万二六三四円に対する平成一〇年一〇月三〇日から追加配当金の支払日である平成一〇年一一月二五日までの二七日間の年一四パーセントの割合による遅延損害金一八八万九八二〇円

よって、原告の訴外会社に対する貸付金債権額は、右残元金一億八二三四万〇六一四円と確定遅延損害金四九七五万二六三九円の合計金二億三二〇九万三二五三円及び右残元金一億八二三四万〇六一四円に対する追加配当金支払の日の翌日である平成一〇年一一月二六日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定遅延損害金ということとなる。(弁論の全趣旨)

二  主たる争点

1  本件念書の法的性質及び効力

(一) 本件念書によって、被告が原告に対し、本件各貸付金債務について保証予約をし、予約完結権を与えたものといえるか。

(二) また、本件念書によって、被告が原告に対し、訴外会社の債務不履行防止義務を負担したといえるか、被告に右債務の不履行があるか。

【原告】

(一) 被告は、本件念書を差し入れることによって、原告に対し、訴外会社の原告に対する本件各貸付金債務の一切について、訴外会社の債務不履行が生じないよう責任を持って管理、監督していくことを確約し、かつ、原告において訴外会社の債務の履行がいささかでも困難と判断したときは、原告が必要と判断する万全の対応策を講じることを併せて確約し、もって、原告に対し、訴外会社が支払困難に陥った場合には、訴外会社の原告に対する全債務を被告が保証する旨の保証予約をして、その予約完結権を与えたものである。

原告は、右予約完結権を行使したから、被告は、原告に対して、保証債務を履行すべきである。

(二) 仮に、本件念書が保証予約に当たらないとしても、被告は、原告に対し、本件念書を差し入れることによって、訴外会社の債務不履行を発生させないようにすべき管理、監督業務を負担したにもかかわらず、これを怠り、訴外会社に原告に対する借入金返還債務の不履行を発生させ、原告に同額の損害を負わせた。

よって、被告は、原告に対し、債務不履行による損害賠償責任を負担すべきである。

【被告】

(一) 本件念書は、その表題及び記載内容から明らかなように、被告が訴外会社の原告に対する債務の履行が怠ることのないように訴外会社に対する経営指導を適切に行うことを約したに過ぎないものであって、そもそも、「経営指導念書」と称するものは、保証ができないときに差し入れられるものであるから、保証ないし保証予約の実質を有するはずがない。

(二) 本件念書は、「経営指導に関する念書」の表題と相俟って、被告が訴外会社に対する経営指導をする義務を負担することを定めたものにすぎず、訴外会社の債務不履行の発生を防止する義務を負担したものではないし、被告の経営指導義務と訴外会社の債務不履行との間には因果関係が存しない。

2  被告の原告に対する欺罔行為の存否

【原告】

原告は、被告が本件念書を差し入れたことにより、被告において訴外会社の経営に責任を持ってその再建を行い、訴外会社の原告に対する債務不履行を発生させることはないものと誤信し、訴外会社に対する貸付金利を二回にわたって引き下げた(当初は短期プライムレート+一・二五パーセントであったものを、平成四年七月一四日以降は短期プライムレート+〇・七五パーセントに、平成四年一二月一五日以降は短期プライムレートフラットに)。

原告は、右誤信がなければ、訴外会社の貸付金利を引き下げることはなく、その場合は別表〈省略〉のとおり、実際に受取った利息より合計金二五三〇万九一五九円分多くの利息を受取っていたはずであるから、同額の損害を被った。

被告は、故意または過失により、原告を誤信させ、原告に右損害を被らせたのであるから、不法行為による損害賠償義務を負担する。

【被告】

本件念書により、被告が原告に対して何らかの法的義務を負担することはなく、原告もそのことを知っていたのであるから、原告には誤信はないし、融資の回収は元々不能であったのであって、誤信の結果生じたものではない。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

1  本件念書の記載内容は、第一段において、本件各貸付金債務を特定の上、「弊社(被告、以下同じ)は」、それに基づく「同社(訴外会社、以下同じ)の貴社(原告、以下同じ)への一切の債務につき、将来同社の債務不履行が生じないよう、責任をもって管理・監督していくことを確約いたします。」と記載され、これに「弊社は、貴社の予めのご同意の下に、同社に対する経営指導方針を明確にして、これに基づき今後同社の経営指導を適切に行い、同社の貴社に対する一切の債務の履行が完了するまでの間、貴社のご同意なしに重要な変更は行わないものとします。」(第二段)と続き、最後に「なお、貴社が同社の債務の履行が些かでも困難と判断されたときには、貴社との協議により、貴社が必要と判断される万全の対応策を弊社が講ずることを併せて確約いたします。」(第三段)となっている(甲三)。

原告は、第一段では訴外会社の債務不履行発生を防止する義務を、第三段では保証予約を、それぞれ明記したものである旨主張し、証人Eもそれに副った証言をする。

本来、法律効果を発生させる文書においては、その記載自体から、その要件、効果が一義的に確定されるよう明確に記載されるべきである(それが金融を業とする銀行が債務の保証に関して授受する文書にあっては尚更である。)。しかしながら、本件念書の記載内容は、一般的な経営指導念書と呼ばれる書面よりはかなり詳細であり、具体的債務を特定して記載されているものの、それでも、被告が負担する義務内容に関しては、抽象的な表現に留められ、一義的に明確化されていないため、それ自体から直ちに特定の効果を確定することは甚だ困難であるといわざるを得ない。かかる場合、本件念書の法的効力を検討するに際しては、その記載内容とともに、本件念書を差し入れるに至った経緯等をも総合して、両当事者の合理的意思を解釈する必要がある。

2  そこで、本件念書を差し入れるに至った経緯について検討するに、証拠〈省略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(ただし、甲一〇の記載中、これに反する部分は他の証拠に照らし採用できない。)。

(一) 訴外会社は、被告の元社長であったCが設立、経営していた、有価証券の売買、不動産の賃貸、管理等を主たる目的とする株式会社であり、被告の株式をも多量に保有しており、所有不動産を被告に寮や厚生施設用地等として賃貸するなど、被告との関連性が深く、被告からの出資は受けてはいないものの、対外的には事実上被告の関連会社であると認識されており、原告は、被告の紹介によって訴外会社と銀行取引を開始した。

(二) 訴外会社は、株式市況の活況に恵まれ、株式投資により好業績を上げていたが、いわゆるバブル経済の崩壊による株式の大暴落の影響を受け、平成二年八月期の決算で大幅な欠損を計上し、その後も、株式市場の低迷により、原告の他、三菱信託銀行、あさひ銀行等の銀行融資の担保に差し入れていた株式も大幅に値下がりしたことから、平成三年六月ころには、原告の融資残高金七億数千万円についても担保不足、返済原資不足が生じ、企業の存続も懸念される状況にあった。

(三) 原告は、訴外会社の代表者であるCに対し、貸付金債権の保全措置を強く要求したところ、平成三年六月、Cは、原告に次のとおり説明した。

(1) 訴外会社所有で被告に賃貸中の寮や厚生施設用地等を被告に約金一〇億円で売却して債務を返済に充て、訴外会社の借入金残高を圧縮して、金利負担の軽減を図る。

(2) 二、三年後を目処に被告に訴外会社の株式の七〇パーセント以上を持ってもらい、被告の常務クラスを訴外会社の後任社長をして迎え入れ、訴外会社を名実とも被告の子会社としたい。

(3) 運転資金が不足の場合は、被告から資金援助を優先して受けるようにしたい。

(4) これらのことについては、被告から基本的な了解が取れている。

(5) 被告から銀行借入に対する保証書またはそれに代わる確認書を出してもらうよう交渉していく。必要とあれば、それまで、貸出枠の圧縮あるいは被告から追加担保を差し入れてもらうことも検討したい。

(四) 原告は、Cの右説明を信頼し、当面は、訴外会社に対する融資回収の法的措置を取ることはせず、被告から保証書またはそれに代わる確認書等をもらうよう交渉を継続していくこととしたが、平成三年一〇月には、被告に賃貸中の寮や厚生施設用地が被告に(当時の実勢価格より高額の訴外会社の簿価で)売却されてその売却代金から内入れ弁済を受け、また、被告から訴外会社への直接の融資はインサイダー取引の問題が生じるとして、被告の働きかけによりその関連会社から訴外会社へ金三億円の融資も実行されたので、Cの前記説明どおり、被告の支援による訴外会社の再建が進んでいるものと理解するとともに、Cに対し、説明どおり、被告からの保証書またはそれに代わる確認書等の早期の差し入れを求めていた。

(五) 被告は、平成四年春以降、原告の他にも訴外会社の取引銀行から債務保証(保証書の差し入れ)を含めた訴外会社に対する支援を求められ、その対応策を協議していたが、その内被告のメインバンクである三菱信託銀行からは、「経営指導念書」とは題するものの、その本文中には具体的な債務を特定し、「貴社と協議のうえ当社の連帯保証その他万全の対応策を考慮し実施することを確約いたします。」との記載のある文書(乙ロ五)を示され、同内容の書面の差し入れを求められたが、インサイダー取引の問題、有価証券報告書、貸借対照表等への記載の問題から、連帯保証と明記された文書を差し入れることはできないとして、最終的には、右部分を「貴社との協議により、貴社が必要と判断される万全の対応策を弊社が講じることを併せて確約いたします。」などと内容を手直しした上、三菱信託銀行に差し入れた。なお、被告は、訴外会社の各取引銀行に対しては、原告を含めてすべて同一の対応を取ることにしていた。

(六) 被告のF財務担当常務とG財務部長は、平成四年五月二二日、原告の秋葉原支店(以下「支店」という。)を訪れ、原告に対し、次のような申入れを行った。

(1) 被告委員会において、訴外会社を支援する旨正式に方針決定された。

(2) 訴外会社は、現在被告の株式を多量に保有しており、インサイダー取引の関係上、直接貸付もできず、資本出資も難しい状況であるため、六か月を目処として、訴外会社が保有する被告の株式を売却させ、訴外会社が被告の株主であるという関係を解消させる。

(3) 右株式売却代金は、取引各行への借入金元本返済及び金利支払に充当する。なお、担保株式の売却のための返却に伴い、各取引銀行とも保全不足が拡大するので、その保全措置として、各行に「経営指導念書」を差し入れる。

(4) 右株式売却完了時までに、被告からの直接融資にするか、被告の一〇〇パーセント子会社にするか等の方策を検討し、取引各行に相談しながら、具体的な再建を図る。

(5) 以上のように、訴外会社の継続を前提に被告が支援するので、取引各行の協力を要請する。

(七) 原告は、平成四年六月五日に、支店を訪れた被告のG財務部長から、インサイダー取引の問題等があるため、保証書の差し入れはできないが、それに代わるものとして経営指導念書案の提示を受けたので、これを検討した結果、通常の経営指導念書とは異なり、詳細な記載内容となっており、その記載内容から実質的には保証予約に相当するものと判断して、被告の申し出を了承した。

その結果、被告のG財務部長は、平成四年六月一二日、右文案どおりの本件念書を原告支店に持参し、原告は、これを受け入れ、被告の申し出に従い、訴外会社の再建に協力することとした。

(八) 原告は、平成四年六月一七日、本件各貸付金の内金四億三〇〇〇万円に対する金利を、それまでの金利から〇・五パーセント引下げることに同意し、同年七月一三日の支払日から新金利を適用した。

また、原告は、訴外会社から原告に本件各貸付金の担保として差し入れられていた被告の株式をすべて訴外会社に返還してその売却に協力し、平成四年中に右売却代金から金八〇〇〇万円の内入れ弁済を受けた。

さらに、原告は、平成四年一二月中に、被告から、残元金三億五〇〇〇万円の金利について、被告が支援しているのだから被告と同じ利率にまで引下げて欲しい旨の申し出を受けたことから、これに応じ、その適用金利をさらに〇・七五パーセント引き下げ、被告に対する貸出金利と同様の短期プライムレートと同率とした。

なお、原告は、この間の平成四年八月一九日、被告から「a(株)再建の骨子(案)」と題する書面(甲八、以下「本件再建骨子(案)」という。)を受取ったが、右書面には次の記載があった。

(1) JVC(被告、以下同じ)株、銀行株は、全株(銀行担保、自己保有とも)処分する。

(2) 同社に商社としての機能をもたせ、JVCの仕入れ窓口とする。(一二〇百万円)

(3) JVCが五億円を肩代り、低利(三・五%)融資を行う。

(4) JVCは施設管理を同社へ委託する。

(5) 人件費の一部をJVCが負担する。

(6) 銀行借入利息は短プラレートにより設定する。

(九) 訴外会社は、平成四年一一月に、被告から金四〇〇万円の資本参加を得、「バイリーン東京サービス」と社名変更し、Cは代表取締役を退き、新代表取締役は被告の人事部長が兼任することとなり、銀行関係の実務担当者として被告から出向社員が派遣された。また、本件各貸付金に関する原告との対応は、主として被告のG財務部長が行っていた。

(一〇) 被告は、訴外会社の人件費を負担していたほか(平成五年四月一日から同年九月三〇日までの間は給与及び賞与の全額、同年一〇月一日から平成七年三月三一日までの間は給与の五〇パーセント及び賞与の全額、同年四月一日から同年九月三〇日までの間は賞与全額)、訴外会社に対して、平成五年四月以降被告の仕入業務の一部を代行させる形を取り、口銭名目で金員を支払っていたが、平成八年一〇月から一一月にかけて東京国税局の税務調査が行われた結果、平成九年春には同国税局から、訴外会社の代行業務には実態がないと判断されて追徴課税処分を受け、それが新聞報道されたことから、以後、訴外会社に対する口銭の支払はもとより、他の手段による支援も困難な状況となった。その後の平成九年五月二一日、訴外会社は、破産宣告を受けた。

3  以上の事実に基づいて、本件念書の法的性質、効力について検討する。

(一) 株式会社が他社の債務を保証している場合、貸借対照表にその旨を注記することを要し、その結果、有価証券報告書や決算報告書等を通じて、当該株式会社が他社の保証債務を負担していることが対外的に明らかとなり、会社間の関係や企業の経済的信用等に影響を及ぼしかねない結果となることから、被告においても、直接の資本関係のない訴外会社の債務を保証をすることについては消極的であり、原告を含む銀行からの再三の保証書の差入れ要求に対しても、それに応じるわけにはいかない旨回答し、保証書は差し入れなかったという経過がある(証人F)。

原告を含む銀行は、被告が保証書を差し入れたくないという右の事情を十分認識しており、それを承知の上でかかる被告の希望と訴外会社に対する債権を何としても保全したいと考えていた原告ら銀行との間の妥協の産物として、被告において、自らの法的責任を問われることのないように、三菱信託銀行から提示された文書に基づき、連帯保証という文言を削除し、その責任内容を曖昧にする趣旨で加除訂正のうえ作成した本件念書が差し入れられたことが認められるのである(証人F、同E、弁論の全趣旨)。

また、株式会社が多額の保証債務を負担する場合には、取締役会の決議を経ることが必要で(商法二六〇条二項二号)、一般に、銀行は、保証書を徴求する場合には、併せて取締役会議事録を求めるのが通常である(当裁判所に顕著な事実)ところ(これは原告主張のような予約完結権付の保証予約にあっても同様である。)、被告は、本件念書の差入れに関して、取締役会の議決を行っていないし、原告においても本件念書差入れに際して取締役会の議事録を要求したことはなかった(証人F、E)。

原告は、本件念書の第三段で「貴社が必要と判断される万全の対応策を弊社が講ずることを確約いたします。」との記載部分が(万全の対応策の究極のものとして)保証予約をした趣旨に外ならず、原告に予約完結権を与えたものである旨主張するが、その記載自体からも、前記認定の本件念書差入れの経過からしても「万全の対応策」は一義的ではなく、それが予約完結権付の保証予約をも意味するものとも確定的に解釈することは困難といわざるを得ない。また、その前提として「貴社との協議により」との文言も存することから、一方的な予約完結権を付与したものと解釈することには無理がある。

証人Eは、被告G財務部長が本件念書を差し入れる際、保証書と同等のものである説明した旨証言するが、仮にかかる説明があったとしても、そのことから直ちに本件念書をもって保証ないし保証予約をしたと導くことは相当でなく、それは、法的効力を言ったものではなく、今後被告において訴外会社を最大限支援することによって、原告の本件各貸付金の返済が受けられるようにするという経済的効果を指したものとも理解できないこともないのである。

いずれにしても、本件全証拠を総合しても、本件念書によって、被告が原告に対して、本件各貸付金債務を保証予約し、かつ、その予約完結権を与えたものとまで認めるにはなお十分ではない。

(二) 次に、本件念書によって、被告が原告に対して、訴外会社の債務不履行発生防止義務を負担したものであるかどうかについて検討する。

本件念書の第一段には、「将来同社の債務不履行が生じないよう、責任をもって管理・監督していくことを確約いたします。」との記載部分が存するが、右の記載内容自体、甚だ抽象的であり、被告の負担すべき具体的義務が明確化されていない。債務不履行が発生する要因は様々であるから、債務不履行が発生した以上いかなる場合にも責任を負うということになれば、被告において結果責任を負担することになり、相当でない。

したがって、被告の負担すべき義務内容について具体的明確性を有しない本件念書をもって、被告に原告主張のような債務不履行発生防止義務という法的債務を負担させたものと認めることは困難といわざるを得ない。

もっとも、本件念書差入れ後、本件再建骨子(案)により、訴外会社及び被告の行うべき再建策、支援策が具体化されており、前記2に認定したとおり、被告は、その一部を実行してきたが、それが十分でなかったために原告の本件各貸付金債権の回収が困難となったとして、これを被告の管理、監督義務違反として債務不履行と捉えることもできなくはない。しかし、本件再建骨子(案)は飽くまで再建骨子の案であって、本件念書の内容としてそのすべてを実行する旨原告に約束したものとは認められず、これをすべて実行しなかったからといって直ちに原告に対する債務不履行となるものとは言い難い〔そもそも、被告は、訴外会社とは、元来何ら資本的な関係はなく、Cが被告の元代表者という人的関係を有するに過ぎず、訴外会社に対する支援することによって、被告にいかなる経済的利益があるのか不明であり(証人Fは、対外的には訴外会社が被告の関連会社と見られていたこともあって、訴外会社が倒産すると被告に何らかの影響が生じる可能性があり、それを回避したかったに過ぎず、また、被告自身と各銀行との付き合い上、銀行側からの要望を無視することはできなかった旨供述するが、一面の真実を捉えているものと思われる。)、したがって、訴外会社に対する支援に関してもその限界が存するものといわざるを得ない。〕。

よって、本件念書により、被告が原告に対して訴外会社の債務不履行発生防止義務を負担した、あるいは被告にその債務不履行が存するとする原告の主張も採用できない。

二  争点2について

原告は、本件念書の差入れ等により、被告が責任をもって訴外会社を再建し、訴外会社の債務不履行を発生させないものと誤信したからこそ、被告からの本件各貸付に対する金利の引き下げ要求に応じた旨主張するのであるが、前記一のにおいて認定したとおり、右事実が認められる。

これに対し、証人Fは、被告から金利引き下げ要求をしたことはなく、原告側で自主的に引下げた旨供述するが、被告からの要望なくして、原告が自主的に二回にわたって金利を引き下げることは有り得ないことであり、到底信用できない。

また、被告は、原告が本件念書には何らの法的効力も生じないことを知っていたから誤信はない旨主張するが、原告は、被告自身から本件念書及びその後の本件再建骨子(案)等を貰い、被告がそれらに基づき訴外会社に対する支援策を実行していったことから、最終的に本件各貸付金の回収を得られるものと考え、担保株式の返却及び売却処分にも協力し、金利引き下げ要求にも応じたものと認められる。

被告は、前記一の2で認定したとおり、訴外会社に対する支援策を実行しているのであるが、それが原告との交渉結果に基づくものではないとし、また、本件念書や本件再建骨子(案)はいずれも形式的なものであり、本件再建骨子(案)記載の支援策も当初から実行する意思はなかった(証人F)というのであれば、それは原告を欺罔したことに他ならず、被告には不法行為が成立するものと言わざるを得ない。

ところで、原告は、金利引き下げに応じていなければ、多額の利息収入があった旨主張するのであるが、金利の引き下げも本件念書差入れに始まる一連の交渉の結果であり、原告がこれに応じて、金利引き下げに応じていなかったならば、訴外会社の存続やその後の被告による訴外会社の支援があったか否かも不明であり、かつ、原告にとっては十分とはいえなかったとしても、被告は訴外会社に対する支援を具体的に行っており、その支援の成果もあって訴外会社から本件各貸付金の一部元本及び平成九年三月までの利息の返済を受けることができたという側面も存するのであって、被告の支援のないままの状態で、原告が当初の金利に基づく利息の回収を確保できていたという確かな証拠は存しない。むしろ、被告が訴外会社を支援していなければ、平成三、四年時点で訴外会社は倒産していた可能性が高く、その際に原告が本件各貸付金債権をどの程度回収できていたかは証拠上明らかでなく、原告は、本件念書差入れ後に新規の融資は行っておらず、本件各貸付の書替えをしたに過ぎないのであるから、結局、原告の被った損害についての具体的金額の立証はないものというほかない。

したがって、不法行為を根拠とする原告の予備的請求も理由がない。

三  結論

以上の結果、原告の被告に対する本件請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡寛)

〈以下省略〉

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